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【COLUMN】 08/09シーズン総括~前編・「迷走」~

迷走
08/09シーズンはファンデ・ラモス体制でチームの大改革を施し、臨んだシーズンだった。
このスペイン人指揮官は07/08シーズン途中で前任のマルティン・ヨルの解任に伴い、セビージャから
やってきたわけだが、チームのメンバーは前体制で獲得した選手、言わば「与えられた駒」。
それでもなんとかやりくりし、リーグ戦でも中位に押し上げ、クラブにとって9年ぶりのタイトルももたらした。
そして、夏には主力を含む大量11人の放出、9人の新選手の獲得。「ラモスのチーム」作りの始まり。
スペインでのサマーキャンプは異例のハードトレーニング、徹底的な食事管理でフィジカル向上を果たした。
プレシーズンマッチではセルティック、ドルトムント、ローマに完勝し、順風満帆での船出・・・のはずだった。

しかし、蓋を開ければ開幕戦のミドルズブラ戦で完敗。続くサンダーランド戦もシセのヘッドに沈んだ。
3節でチェルシー相手にドローに持ち込むものの、続くアストンヴィラ戦でも敗北。
この4試合での布陣を見渡せば、最初の2戦が4-5-1、次は4-3-3、その次は4-4-2。
固定できない選手起用、猫の目のように変わるシステム。一貫しない戦術に、ブレる采配。
この4試合でのベントリーのポジションが左サイド→トップ下→右サイドと全て違うのが迷走ぶりをを象徴している。
その後もウィガンとのドローをはさみ、ポーツマス、ハルシティに連敗。
ほとんどが1点差の惜敗、それも大量失点は無い。しかし、絶望的な得点力不足でことごとく競り負けた。
その間、ラモスも必死に解決法を模索する。ジオヴァニを見切り、レノンの起用を増やす決断。
モドリッチの負担を軽くする為にゾコラをアンカーに固定し、時にパブリュチェンコとベントを並べた。
開幕前に掲げた1トップの下に創造的な3人のMFを並べ、攻撃時に3トップ化し厚みのある攻撃を展開する
というラモスの目論見はもろくも崩れ、指揮官の焦りと迷いが選手達にも動揺として広がった。

「こんなはずじゃない・・・」「一つ勝てれば流れが変わるはずだ・・・」
ラモス自身も、そして選手達も思っていたに違いない。
しかし、状況は一向に変わらなかった。出口の見えない迷路に入りこんだかのようにチームは迷走を続けた。
最後まで「自らは退かない」「これからチームは上向く」と強気の指揮官を信じるべきか・・・。
ファンも選手も、そしてフロントも悩んだ。
そして、ブリタニアでのストーク戦をベイルの退場で落とした試合後、遂に下された決断。
ファンデ・ラモス解任。コーチのポジェ、アルバレスと共に、スポーツディレクターのコモッリもその任を追われた。
開幕からの8戦で2分け6敗。創立126年のクラブ史上最悪の結果。最下位に沈む状況に猶予は無かった。

誤算
結局、崩れたチームを最後まで立て直すことが出来なかったラモスだが、同情の余地もある。
夏の移籍市場で大量に選手を獲得したものの、彼本人が望んで獲得した選手はわずかだったと聞く。
ほとんどがスポーツディレクターのダミアン・コモッリとフロントが主導の補強。
一番の誤算は両エースとしてスパーズの攻撃の中心を担っていたキーン、ベルバトフの同時放出。
かねてから移籍希望を示唆していたベルバトフはまだしも、クラブのゲームキャプテンとして精神的支柱だった、
キーンの移籍は大きなプラン変更を余儀なくされた。代替のFW探しも難航。
補強の本命だったアルシャビン獲得に失敗し、次点候補と獲得を目指したミリート、サンタクルスも逃した。
移籍市場終了前日に、パブリュチェンコと若手有望株のキャンベルをローンで獲得したが攻撃力低下は歴然。
案の定、駆け込みで加わったロシア人FWはプレミアリーグへの順応に苦戦。
ベントが孤軍奮闘するものの、07/08シーズンで30ゴールを挙げたキーンとベルバトフの穴は埋まらなかった。

期待された新戦力のほとんどがプレミアリーグ初挑戦。
ジオヴァニ、モドリッチ、パブリュチェンコらは軒並み低調なパフォーマンスに終始した。
しかし、新戦力に多くを望むのはあまりにも酷というもの。裏を返せば、ベントリー、チョルルカら
プレミア経験者も含めチームに加わったばかりの彼らに頼らざるを得なかったことがそもそもの間違い。
長期的な視点でのチーム強化のかけらも見えないクラブの補強政策の失態が生んだ当然の結果とも言える。

言葉の壁
改めて、成功には「言葉」が重要なのだなぁと思い知らされたシーズン序盤でもあった。
監督のラモスは成績の低迷と共に、一部の選手から信頼を失っていった。
伝えられるところによれば一部の選手からフロントに解任の直訴があったとも言われている。
最後まで信頼していた選手がいた一方で、選手側から不満の声が挙がるようでは一体感は生まれない。
思えばラモスは英語の習得に相当時間がかかった。
試合後のコメントやメディアとの応対は、もっぱらアシスタント・コーチのポジェ任せ。
選手とのコミュニケーションにも相当苦しんだであろうことは想像に難くない。
彼自身がやろうとしていたことや、考え方のうちどれぐらいが選手にきちんと伝わっていたのだろうか。
試合中に指示を受けていた選手のほとんどが、通訳役のポジェに必死に耳を傾けていたのが全てを物語る。

「言葉」の持つ重要性は選手もまた然り。
パブリュチェンコは未だに練習中でも通訳を介しての指示を受け、選手との連携に苦しむ場面も。
ゴメスもイングランドの二人が固めるDF陣との呼吸が合わない場面が序盤戦では多かった。
もちろん多国籍でもチームとしてきちんと機能しているクラブもある。
マンUやアーセナル、チェルシーやリバプールだって多くの国の選手が混在するチームだ。
しかし、それは高い戦術理解とクラブの共通認識、ある程度完成されたチームだからこそ成せる業。
スパーズにはそこまでのものは無い。それに加えてチームの顔ぶれが毎年大幅に変わる。
それなら尚更、言葉の壁の問題が立ちはだかるのは目に見えているのではないか。

UEFACUPを二年連続で制した戦術家のファンデ・ラモスは彼の本領を発揮出来ないままチームを追われた。
依然、降格の危機の最中にあったクラブの再建を託されたのは、意外な名前だった。
ポーツマスを指揮しているハリー・レドナップ。監督生活25年のベテラン監督。
正にイングランド・フットボールを骨の髄まで理解する男。
そして、その人柄と巧みな話術、補強戦略で、これまでにメディアや多くの選手達を虜にして来た男。

的確な人選だと素直に思えた。この危機を救えるのは、この国のフットボールを理解する者のみだからだ。
しかし、ここからスパーズ怒涛の反攻が始まるとは、その時の僕には思いもよらなかったのだが・・・。

後編に続く。

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